DAY2.アノ人、頼み事をしても動いてくれない

DAY2.アノ人、頼み事をしても動いてくれない


新しいお客さんを担当することになったオレは、他の部署と関わる仕事が出てきた。

オレの仕事は、顧客のシステム保守がメインだ。
さっそく、システムの全面リプレースに向けた準備を始めることになり、
そのための作業に必要なハードとソフトの購入稟議をあげなければならなかったのだ。

しかし、そのためには超えなければならないカベが1つ……。

 

オレは、気合いを入れて、総務部へ向かった。

「総務課長、稟議書を作りました。
私の上長も承認済みで、購入が必要な機材もあるので、できれば早めに見て頂けると助かるのですが……」

「わかった、ソコに置いといて」

「はい。じゃあ明日、また同じ時間に……」

「うん、うん、わかった」

ダメもとで「明日」と言ってみたが、大丈夫みたいだ。

実はこの総務課長、仕事が細かく正確で評判だけど、
ときどき「人を選んで仕事をしている」とか、「頼んだのに忘れられてた」……
なんてウワサもあったからちょっと不安だったのだ。

意気揚々と持ち場に戻り、
「明日までに総務の承認をもらえそうです」
と上司に報告して、その日は他の仕事に取りかかった。

 

そして翌日——。

え!? 総務課長は休み!?

稟議書をとりに総務部へ行ったら、
「今日は課長は有給をとっている」と言われ、
オレは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

「でも、昨日、この時間に稟議書をとりに伺います、って言っておいたんですが」

「そう言われてもねぇ……。あ、課長のそこのトレーを見てみたら?」

「はい……。」

pppppp



オレはトレーの上に積み重なった資料を、順番が変わらないように、そっと確認していった。

「あった……。でもハンコが押されてない。
ってことは、あれから見てもいないんだろう……」

少し仕事が順調にいっていたこともあり、がっかりしてしまった。

ウワサのことも頭をよぎったが、ここでモヤモヤしていても仕方がない。
そう思い、ふと稟議書から目を上げると……

机の上にセンニンがいた。

 

オレは驚きのあまり声も出ない。

センニンは、持っている杖でしきりに何かを指している。

(おぬし、メモを残せば、あとはうまくいくはずじゃ!)

 

センニンが指している先には付せんペンがあり、
言われたとおりに、自分の名前と部署名とともに、
稟議書、お願いします
とメモを残した。

でも、昨日直接、稟議書を見てくださいと言ったのに、忘れられてたんだから、
こんなメモ1枚、スルーされるに決まってる
大量の資料に埋もれてたし……。

それにしても、夢かと思っていたセンニンが現れたのには驚いたが、
総務部のフロアを出る時には、すでにセンニンはいなくなっていた。

──

そしてさらに翌日のことだった。

検証のためパソコンの前にかじりついていたオレは、急に声をかけられ、うしろに立つ人物に驚いた。

総務課長、その人だったからだ。

昨日は申し訳なかったね。稟議書は確認して、私のハンコも押しておいたよ

「え? ……あ、ありがとうございます」

メモもありがとうね

メモ、読んだんだ……。
肝心な稟議書のことは忘れてたのに、メモ1つのことは覚えてる……。

オレはイマイチ納得がいかなかったが、これで無事に仕事が予定どおりに進むことに安堵した。

その日の夜、自宅にあった『仕事ができる人の逆転ワザ42』を手に取ると、案の定、センニンが現れた。

 

「どうじゃ? ワシが言ったとおりにしたら、うまくいったじゃろう?」

「はい。でも、オレ、なんとも解せなくて……」

「そうじゃな。
おぬしは特に間違っておらんし、オーソドックスなビジネスのやり方をしておった。
ただし、〝オーソドックス〟じゃ

「普通、って言いたいんですか」

「さよう。
その人にはその人の、おぬしにはおぬしの生き様があるように、
働き様』もあるのじゃ。
今回の場合、頼む相手が『口頭で動く人』か『文書で動く人か』の見極めに成功し、相手が動いたんじゃ」

 

(注;「口頭で動く人」か「文書で動く人」か。
人を動かす手として、相手が「口頭で動く人」か、「文書で動く人」かを見極めて依頼することです。
たとえば、「せっかちな気分屋」には、面と向かって会話で依頼をし、その場でやってもらう。
一方、「レスポンスの遅い細かいタイプ」には、ペーパーやメールで依頼したほうが動いてくれます。
仕事ができる人の逆転ワザ42』CASE08より)

なるほど……。
そういうこともあるのか。
よく考えてみれば、「相手の立場に立つ」ってのは、ビジネスの基本だよな

 

「うむ。納得したようじゃな。
もちろん、口頭か文書か、という見極め以前に、頼み方がわかりづらかったり、ダラダラと長かったりしては元も子もないのじゃがな。
メールで頼む時などは工夫が必要じゃ」

社会人歴9年目、30歳のオレは、人への頼み方で今回みたいに苦労するなんて思いもしなかった。

でもよくよく考えると、前職では新卒ならではの甘えみたいなものもあったのかもしれない。

「ありがとう、センニン。
人に動いてもらうためのやり方が増えて、これから動きやすくなりそうだよ

翌日からオレは、メール、電話、メモ……
いろんなコミュニケーションの手段を意識的に使い分けるようにし、
前よりも仕事はしやすくなった……気がする。

 


[DAY2.完]

公開日:2016年10月3日
監修:濱田秀彦
文:すばる舎リンケージ「逆転」委員会